茨城県水戸市で農業をしています。
バンブーファームの栗﨑秀樹です。
もともとは、16年間ずっと看護師をやっていました。24歳から40歳まで、精神科の病院で勤務しながら、最初の5年間は看護学校に通って、その後、資格を取ってからもそのまま働いていました。
夜勤もあって生活リズムは不規則でしたが、休みはきちんとあったし、仕事自体は正直かなり好きでした。自分には向いていたと思うし、やりがいもあった。
周りから見たら、たぶん「順調な人生」だったと思います。看護学校に行って国家資格を取って、結婚して、実家の敷地内に家も建てて。いわゆる、安定コース。
40歳手前で出てきたモヤモヤ
「このままでいいのかな」と思い始めたのは、40歳手前でした。
あと20年働いたら60歳か…って考えたときに、
急に現実感が出てきたというか。
コロナもあったし、新築もしたし、子どもも生まれたりで、人生的にはいろんなイベントはありました。
でも、どれか一つがきっかけってわけじゃない。
ただ単純に、
「あと20年、何か自分にできることないかな」
って思ったんですよね。
仕事は好きだったけど、毎日同じことの繰り返し。
不満はないのに、なぜかモヤモヤする。
このまま40代、50代になった自分を想像したとき、長男だし、実家の敷地に家を建てたし、
「結局この土地のこと、畑のこと、自分が請け負うんだろうな」って、なんとなく思いました。
守らなきゃとか、使命感とかじゃないけど、
避けられない役割みたいなものは感じてました。
竹切りから始まった農業 🌱
正直に言うと、子どもの頃から農業に興味があったわけでもないし、農業やりたいと思ったことも一度もなかったです。
ただ、ばあちゃんに言われて、
休みの日に畑を手伝うことはよくありました。
ほぼイヤイヤです。
その中で毎年言われてたのが、
**「竹切ってくれ」**でした。
ばあちゃんが毎年そう言ってたのも、理由があって。
切らずに放置しておくと、竹がどんどん畑に侵入して、気づいたら竹だらけになっちゃうからでした。
実家は古い作りで、下地がコンクリートじゃなくて、押し入れに竹が生えてきたり、屋根を突き破ったことも実際にありました。
もう笑えないレベルで、普通に生活に支障が出る。
だから竹切りは「手伝い」っていうより、
どちらかというと**“家を守る作業”**みたいな感じでした。
そんな中で、
「この竹、何かに使えないのかな」って思ったんですよね。
調べていく中で出てきたのが、
竹をチップにして畑に混ぜるという方法でした。
最初は単純に、
「土の栄養になるのかな」くらいに思ってたんですけど、実際はそうじゃなかった。
竹チップそのものが、
肥料みたいに直接野菜の栄養になるわけじゃない。
竹を細かく砕いて土に入れると、それを分解しようとして、土の中の微生物が動き出す。
微生物が増えて、土の中の環境がよくなって、
結果的に、野菜が育ちやすくなる。
実家にある、ただの厄介者だと思ってた竹が、
見方を変えたら、ちゃんと使える素材になる。
これを知ったとき、
「あ、これじゃん!
これなら、うちで使えるじゃん!」
って思いました。
ここが、バンブーファームの原点です。
実は、看護師になったのも流れだった
そもそも、看護師になりたかったわけでもないんです。大学を出て、24歳くらいの頃、正直ふらふらしてて。
「これからどうしようかな」って、その時も考えてました。
そのとき、たまたま友達が看護師で、
「男なら看護師の需要あるし、学校行きながら働けるよ」
って教えてくれました。
それで、「じゃあやってみようかな」くらいの感じで、精神科の病院で働き始めました。
人生の分岐点って、
いつもこういう**“キーマン”**が現れるもんだなって、農業始めてから改めて思います。
「明日、仕事行ったら辞めるって言ってくるわ」
最初に話したのは、奥さんでした。
少し前から冗談っぽく
「辞めようかなー」「農業とかー」
って言ってたんですけど、当然反対。
「やめてどうすんのよ」って。
でも、ある日、もう自分の中で決めてて、
急に言いました。
「明日、病院に辞めるって言ってくるわ」
奥さんは
「いやいや、ちょっと待って。急すぎでしょ」って。
そりゃそうですよね。
今思えば、奥さんからしたら,
「子どももいるし、家も建てたばかりだし、
いきなり辞めるってどういうこと?」
って感じだったと思います。
正直、ちゃんと理解してもらえてたかどうかは、
今でもよく分かりません。
それでも、とりあえず今こうして、
農業を続けさせてくれている奥さんには、
本当に感謝しています。
周りからは、今でもよく言われます。
「よく奥さんオッケーしたね」って。
「奥さんがすごいわ」って。
たしかに、そうだと思います。
自分がすごいというより、
完全に奥さんの器の問題だなって。
親に言ったときは、意外にもあっさり。
「いいんじゃない?面白そうじゃん」って。
でも、ばあちゃんだけは猛反対でした。
「絶対やめな。農業はそんな甘くない。
看護師やってたほうがいい」って。
たぶん、一番現実を知ってるからこその意見だったと思います。
でも、そのときの自分は、もうやるって決めてたから、
正直、全く気にしてませんでした。
辞める直前、なぜか全然怖くなかった。
今思えば、完全に成功バイアス。
「自分なら余裕でできるでしょ」っていう、
よくわからない自信しかなかった。
今、畑に立って思うこと 🌾
今、一番きついのは収入の不安です。
野菜がちゃんとできなかったらどうしよう。
売れなかったらどうしよう。
生活できるかな、お金続くかなって、
正直めちゃくちゃ不安。
体力は、まだ大丈夫。
やらないと自分に返ってくるから、
きつくてもやるしかないし、
というか普通に楽しい。
一番やってよかったと思うのは、
自分が「美味しい」と思って作った野菜を、
お客さんにそのまま喜んでもらえたとき。
「この前の枝豆、美味しかったよ。またないの?」とか、
「にんじん嫌いだったけど、バンブーさんのなら食べれる」とか,
「子どもがバクバク食べてるよ」とか。
あれは本当に嬉しい。
収入は、5年やって、まだ看護師時代の年収には届いてません。
やっと年間の栽培計画が固まってきて
これで追い越せるかな、って感じ。
ちなみに「看護師戻ろうかな」って思ったことは一度もないです。
今の生活、最高。
あとはお金がちゃんと回れば。
野菜は、売れてるわけじゃないし、
売れてないわけでもない。
もっともっと上を求めちゃうし,
不安も、正直まだ消えません。
たぶん、これが現実なんだと思います。
もっとこう出来たんじゃないか,
ベスト尽くせたか,
何か出来ることがあったんじゃないか。
そんなこと、毎日のように考えています。
あの頃の自分へ
40歳手前でモヤモヤしてた自分に言うなら、
「ナイス決断。
望むなら、自分の頑張り次第で何でもできるよ。
失敗することもあるけど
とりあえず、やってみなよ!」
って言います。
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